三原道(読み)みはらみち

日本歴史地名大系 「三原道」の解説

三原道
みはらみち

須坂を上野国・江戸へつなぐ。坂田さかだ村南部で仁礼にれい宿を通る大笹おおざさ道と、灰野はいの村を通る三原道に分岐する。

三原道は灰野川右岸を遡上して谷口待留まちどめから対岸塩野しおの村カギガケに渡り、米子よなこ(一四〇四メートル)へ登り、土鍋どなべ(乳山・ほうろく平)米子山稜線を上り、中ほどから南山腹(米子村)を回り、土鍋山・浦倉うらくら山中間茶屋跡のある峰山みねやま(一七八〇メートル)へ出る。以下浦倉山東山を回り東行して干俣ひまた・三原(ともに現群馬県吾妻郡嬬恋村)へ通じる。三原へ通じる道で三原道と称するが、以東高崎たかさき倉賀野くらがの・江戸とも通じた。枝道ではあるが、相当の物資が運ばれたようである。干俣まで六里、峰山峠まで三里余、多くは峠で物資を付け替え、通しは少なかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む