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三司使 さんしし san-si-shi; san-ssǔ-shih

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三司使
さんしし
san-si-shi; san-ssǔ-shih

中国,五代,北宋の官名。唐の安史の乱ののち設けられた塩鉄使,度支使および唐初から設けられていた判戸部を三司といっていたが,五代後唐の長興1 (930) 年,張延朗が,その長官として三司使に任じられたのが始りで,北宋に受継がれた。

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世界大百科事典内の三司使の言及

【五代十国】より

…沿徴には,牛皮銭,橋道銭,農器銭,麴(きく)銭,塩銭,加耗米(雀鼠耗),麻鞋銭,公用銭など多種があった。政府の財政機関としては,後梁では建昌宮使,租庸使が財政を総括し,後唐明宗期に戸部,塩鉄,度支をあわせた三司使が設けられて宰相に準ずる重要な地位を占めるようになる。つまり国家体制内に占める財政関係の比重が大きくなったわけで,三司使は宋に至ってより重要なポストとなる。…

【三司】より

…唐は安史の乱以後,府兵制の崩壊などの理由により国家財政が膨張し,それに対応するために設置された,専売事務担当の塩鉄使と,財賦の調達と出納を担当した度支使という使職は,戸部曹の長である判戸部とともに天下の財利を分担し,合わせて三司とよばれた。五代に入り,これら三司の総責任者を三司使とよぶに至り,宋代に継承された。宋代の三司使は,参知政事(副宰相)に次ぐ重要な役目として計相と称されたが,元豊(1078‐85)の官制改革のとき廃止され,唐制の尚書六部の一つたる戸部とその四曹が復活した。…

【三法司】より

…中国,司法関係の三官庁の併称。唐代では刑部(いわば法務省),御史台(いわば検察庁),大理寺(いわば最高裁判所)を三司と称し,重大事件はこの三司の長官をして会審せしめることとし,これを三司使といった。以後,元を除きおおむねこの制があり,明に及んで御史台を改めて都察院となし,かつ初めて三法司と称した。…

【宋】より

… すなわち,中央官制では,宰相の同中書門下平章事は複数とし,ほかに副宰相の参知政事を置いて,あわせて宰執と称し,政務はこれら宰執の合議ですすめられ,最終の決定は皇帝にゆだねられた。さらにもと兵部の管掌であった軍政は,皇帝直属の枢密院がつかさどり,財政は,唐末以来しだいに大きくなった三司が担当し,その長官である三司使は計相,すなわち財政上の宰相といわれた。事実,三司使は宰相に匹敵する権限を有した。…

【度支】より

…唐中期以後,財務行政が複雑かつ重要となり,度支曹が独立して度支使が成立し,塩鉄使,判戸部と国家の財政を分担して三司と称された。五代,北宋では三司使に統合されたが,神宗の元豊官制以後,唐初の制に復した。のち清末に戸部を度支部と改めた。…

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