三条東別院(読み)さんじようひがしべついん

日本歴史地名大系 「三条東別院」の解説

三条東別院
さんじようひがしべついん

[現在地名]三条市本町二丁目

真宗大谷派の別院。東本願寺三条掛所ともよばれる。本尊阿弥陀如来。大谷派一六代門主一如のとき、貞享元年(一六八四)高田たかだ(現上越市)浄興じようこう寺と新井の願生がんしよう寺の間に小児往生をめぐる宗義紛争が起こった。双方が取調べを受け、翌二年願生寺の主張は誤りとされ、願生寺栄誓は国外追放処分とされた。同寺の末寺が仏光寺派に転派して大谷派を去ったため、宗意安心取締りと中・下越地方の教団統制のため元禄三年(一六九〇)創立された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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