三田洞村(読み)みたほらむら

日本歴史地名大系 「三田洞村」の解説

三田洞村
みたほらむら

[現在地名]岐阜市三田洞・三田洞東みたほらひがし一―五丁目

岩崎いわさき村の東隣で集落は百々どどヶ峰の北麓にある。村絵図(河野家蔵)によると山がちで、三方を山に囲まれた平地を示す洞のついた地名が多くみられ、そこには砂防用の石垣が築かれている。「和名抄山県やまがた郡の三田郷の地に比定され、大宝二年(七〇二)戸籍が残る御野国山方郡三井田里(正倉院文書)の故地と考えられる。慶長郷帳に村名がみえ、高六〇三石余。関ヶ原の合戦後加藤貞泰(黒野藩)領となったが、慶長一五年(一六一〇)に加納藩領となり、同藩の家中知行渡方帳(森文書)によれば家臣六名の給地。正保郷帳では幕府領で、田五八五石余・畑一七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む