霊鷲山(読み)リョウジュセン

デジタル大辞泉の解説

りょうじゅ‐せん〔リヤウジユ‐〕【霊鷲山】

《〈〉Gṛdhrakūṭa-parvataの訳》古代インドのマガダ国の首都、王舎城北東にあり、釈迦(しゃか)法華経などを説いた山。山頂の形が(わし)に似るので、また山中に鷲がいたのでこの名があるという。現在のビハール州中部のラジギールにある。鷲の山耆闍崛山(ぎじゃくっせん)。鷲峰山(じゅぶせん)。霊山(りょうぜん)。

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世界大百科事典 第2版の解説

りょうじゅせん【霊鷲山】

古代インド,マガダ国の首都ラージャグリハ(王舎城)北東方の小高い峰。その頂が鷲の姿に見えることから,サンスクリットではグリドラクータGṛdhrakūṭa(〈鷲の峰〉の意)と呼ばれ,耆闍崛多(ぎしやくつた)と音写されるため,耆闍崛山(ぎしやくつせん)とも称される。霊鷲山意訳で,霊山(りようぜん)とも略される。釈迦が説法した地として有名で,大乗経典の《法華経》《無量寿経》もここで説かれたとされる。現在はゆるやかな石畳参道として頂上まで続き,頂上付近には阿難窟と呼ばれる自然の石窟があり,頂には祠堂の跡が残っている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

霊鷲山
りょうじゅせん

サンスクリット語でグリドラクータGdhrakūtaといい、音写して耆闍崛山(ぎじゃくっせん)ともいう。釈尊時代、インドのマガダ国の首都王舎城(おうしゃじょう)(ラージャグリハ。現在のラージギルRājgir)を取り巻く五山のなかの一つで、その名は山頂が鷲(わし)の嘴(くちばし)に似ているからとも、山頂に鷲がすんでいたからとも伝えられる。釈尊はしばしばここにとどまり、『法華経(ほけきょう)』『大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』などの多数の経典を説いたとされる。法顕(ほっけん)(335?―421?)、玄奘(げんじょう)(600/602―664)の旅行記には、山頂にれんが造の説法堂の遺跡があったと伝えている。また日本では「霊山浄土(りょうぜんじょうど)」あるいは「霊山現土」として、理想世界を象徴するものともなった。

[森 章司]

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精選版 日本国語大辞典の解説

りょうじゅ‐せん リャウジュ‥【霊鷲山】

(Gṛdhrakūṭa-parvata の訳。禿鷲の頂という山の意) 古代インドのマガダ国の首都、王舎城の東北にあった山。釈迦が法華経や無量寿経などを説いた所として著名。山中に鷲が多いからとも、山形が鷲の頭に似るからともいわれる。耆闍崛山(ぎしゃくっせん)。鷲山(じゅせん)。霊山。鷲嶺。わしの山。りょうぜん。
※栄花(1028‐92頃)浅緑「瑠璃の経巻は霊鷲山の暁の空よりも緑なり」

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世界大百科事典内の霊鷲山の言及

【浄土】より

… 中国で浄土思想が流布し展開するとともに,本来は浄土思想と何らの関わりもなかった《法華経》に基づいて,霊山浄土という新しい浄土が出現した。霊山つまり霊鷲山(りようじゆせん)とは王舎城の近くにある山の名で,《法華経》が説かれたといわれる場所なのである。このほか,仏ではなく菩薩の世界なのに《華厳経》に基づき,東北方清涼山の文殊浄土や,南方補陀落山(ふだらくさん)の観音浄土の信仰が行われるようになった。…

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