三竹山村(読み)みたけやまむら

日本歴史地名大系 「三竹山村」の解説

三竹山村
みたけやまむら

[現在地名]南足柄市三竹(みたけ)

東は沼田(ぬまた)村および府川(ふかわ)村(現小田原市)、西は宮城野(みやぎの)村(現足柄下郡箱根町)、南は久野(くの)村(現小田原市)、北は塚原(つかはら)村・岩原(いわはら)村と接する。村名は「風土記稿」によれば、御嶽(みたけ)神社に由来するという。

近世は小田原藩領。寛永初期の小田原領西筋村々高ノ帳に「高七拾石八斗七升五合 三竹山村」とあり、天保郷帳では一七六石余に増加している。「風土記稿」によれば蜜柑を産し、寒中に貢納している。藩主御林には寛永一二年(一六三五)以後に三四町余の植林がなされ、その後も矢竹を植林している(明和九年「願書」杉山文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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