宮城野(読み)みやぎの

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宮城野
みやぎの

宮城野原ともいう。宮城県中部,仙台市東部の広瀬川河岸段丘と低平な扇状地一帯にあった原野。宮城県の名称はここから生れたとされる。古くは多賀城に向う東海道 (あづまかいどう) の道筋にあたり,軍事上の拠点であった。スズムシ,ハギ,オミナエシなどの名所として『源氏物語』『古今和歌集』などに歌が詠まれている。明治以後陸軍の練兵場となり,現在は公園,陸上競技場,宮城野貨物駅,卸売団地,印刷団地などができ,昔の面影はまったくない。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

みやぎの【宮城野】

仙台市の区名。市の東部を占める。平成元年(1989)成立。古くは野が広がり、萩(はぎ)の名所として知られた。[歌枕
「―の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ」〈・桐壺〉

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

みやぎの【宮城野】

陸奥国宮城郡の平野。現在の宮城県仙台市宮城野。かつては萩の名所。⦅歌枕⦆ 「 -のもとあらの小萩露を重み風をまつごと君をこそまて/古今 恋四

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮城野
みやぎの

宮城野原ともいう。宮城県仙台市の東部にあった原野で、現在は宮城野区と若林区の西部にあたる。榴岡(つつじがおか)公園の東方、国分寺薬師(やくし)堂の北に開けていた。多賀城に向かう道筋にあたり、国府の南を守る軍事上の拠点であった。ハギ、オミナエシ、スズムシで名高く、歌枕(うたまくら)で知られ、「宮城野の本荒(もとあら)の小萩露を重(おも)み風を待つごと君をこそ待て」(『古今集』)など多くの歌に詠まれている。宮城県の県名もこの原に由来する。明治以降は練兵場となり、現在は宮城野原公園総合運動場などの体育施設や病院、貨物駅、卸売団地、自衛隊駐屯地などがあり、往時のおもかげはなくなりつつある。[境田清隆]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

みやぎ‐の【宮城野】

[一] 陸奥国宮城郡の平野。現在、仙台市の地名として残る。広く海岸地帯までを含めて呼ばれる場合もある。古くは秋草、特に萩の名所として知られた。歌枕。
※古今(905‐914)東歌・一〇九一「みさぶらひみかさと申せ宮木ののこの下露は雨にまされり〈みちのくうた〉」
[二] 仙台市の行政区の一つ。市の東部に位置し、七北田(ななきた)川下流域一帯を占め、海岸部には仙台港がある。平成元年(一九八九)成立。
[三] 謡曲。三番目物。廃曲。都の僧が奥州宮城野を訪れると、小萩(こはぎ)の精が現われて小萩のことなどを語り歌舞を奏する。
[語誌](1)(一)の挙例の「古今集」の歌によって、奥州の歌枕として定着した。
(2)「宮木野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て〈よみ人しらず〉」〔古今‐恋四〕の影響で以後、「萩」「露」「秋風」などとともに和歌に詠まれることが多い。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内の宮城野の言及

【仙台[市]】より

…1600年(慶長5)伊達政宗によって開かれた。多賀城に近く陸奥国分寺跡があるが,当時は宮城郡荒巻,小田原,南目,小泉,名取郡根岸の5ヵ村入会の原野宮城野であった。旧領主国分盛重の居城千代城を仙台と改め,近世城郭築造に着手した政宗は,1591年(天正19)以来の岩出山からここに居を移した。…

※「宮城野」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

寒暖差アレルギー

寒暖の差により鼻の奥の毛細血管が詰まり、鼻の粘膜が腫れることで起きる鼻炎。医学的には血管運動性鼻炎の一種とされる。多くの場合秋から冬にかけて1日の寒暖差が大きい時期や冷房による急な温度変化などにより起...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

宮城野の関連情報