三雲郷(読み)みくもごう

日本歴史地名大系 「三雲郷」の解説

三雲郷
みくもごう

甲西町三雲一帯に比定される。一四世紀半ばに足利尊氏が京都の船橋慈徳寺に地頭職を寄進し、妙感みようかん寺が管掌していた(「蔭涼軒日録」長享元年九月二六日条)。当地には在地領主として三雲氏が居住し、建武二年(一三三五)には鈴鹿山および横手山の山賊として、三雲伊予房が鈴鹿山警固役の山中氏に召捕られている(同年七月二八日「守護代義綱書状案」山中文書)。伊予房は三雲氏の一族と考えられ、南北朝期には当初南朝方として軍事行動をとっていたものと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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