上ヶ見村(読み)あげみむら

日本歴史地名大系 「上ヶ見村」の解説

上ヶ見村
あげみむら

[現在地名]朝日村上ヶ見

青屋あおや川と飛騨川が合流する付近の飛騨川左岸沿いにあり、西の万石まんごく村から野麦街道が通じる。南端近くの黒手くろて(一三一六・五メートル)の裾が飛騨川まで迫り、崖上に集落を形成する。元禄飛騨国検地反歩帳に村名がみえ、高二三石余、田八反余・畑二町九反余。「飛騨国中案内」によると免は四割三厘、家数八、うち百姓七・門屋一。寛政一二年(一八〇〇)の田七石余・畑二〇石余、うち新田高三石余、反別田九反余・畑三町七反余、家数八・人数五七、馬一・牛四、猟師鉄砲三(村明細帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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