上久米村(読み)かみくめむら

日本歴史地名大系 「上久米村」の解説

上久米村
かみくめむら

[現在地名]社町上久米

加古川の支流千鳥(ちどり)川(久米川)の源にあり、西は下久米村。中世は久米庄のうちに含まれていた。慶長国絵図に村名がみえる。正保郷帳では幕府領、田方五五〇石余・畠方三〇石余。元禄郷帳では高六〇六石余。宝永五年(一七〇八)の土岐頼殷知行目録(土岐家文書)に村名がみえ、当時大坂城代土岐氏領であった。寛保二年(一七四二)あるいは延享三年(一七四六)に三草藩領となり幕末に至る(「丹羽氏系譜」東京大学史料編纂所蔵、慶応四年「丹羽氏知行目録」池田家文庫など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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