日本歴史地名大系 「上井口村」の解説 上井口村かみいぐちむら 栃木県:那須郡西那須野町上井口村[現在地名]西那須野町井口(いぐち)・東三島(ひがしみしま)五―六丁目・東赤田(ひがしあかだ)北は塩谷郡接骨木(にわとこ)村(現那須郡塩原町)に接し、南・西には小高い丘陵を挟んで近隣の村の入会秣場西原(にしはら)が広がる。天正一八年(一五九〇)大田原晴清が豊臣秀吉から安堵された所領のうちに「井口」二三三石八斗余がみえ、以後大田原藩領(「大田原藩領知覚書」伊藤安雄文書)。慶安郷帳に上井口村とあり、畑方二三三石余のみ。寛文四年(一六六四)の大田原藩領知目録では上井口村・下井口村がそれぞれ独立して記され、この頃までに二村に分立したことを示している。大田原城築城に伴って城用水として開削された蟇沼(ひきぬま)用水が村のほぼ中央を流れるが、当村に取水権はない。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by