上余部村(読み)かみあまるべむら

日本歴史地名大系 「上余部村」の解説

上余部村
かみあまるべむら

[現在地名]姫路市余部区上余部よべくかみよべ

下余部村の北西に位置し、揖保川下流左岸の平地に立地する。揖西いつさい郡に属する。文禄三年(一五九四)六月五日の豊臣秀吉知行方目録(金井文書)に「上余村」とみえ、当村の三〇五石余などが小出吉政に与えられている。同四年五月吉日の揖保川井堰絵図(岩見井組文書)には揖保川下流の中洲に上余部とみえる。慶長国絵図にも村名がみえる。江戸時代の領主の変遷は天満てんま村と同じ。寛永一三年(一六三六)の龍野領村々高辻帳(八瀬家文書)では池田輝政による内検地高四一七石余、高三四五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む