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天満 てんま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天満
てんま

大阪市区南東部,大川 (旧淀川,別称天満川) 右岸一帯の地区。地名天暦3 (949) 年創建と伝えられる天満宮の所在に由来。江戸時代大坂三郷の1つ,天満組の市街地で,淀川水運を利用して天満青物市場が設けられ,商況活発であった。明治3 (1870) 年河岸の川崎に造幣寮 (現造幣局) が設置され,大阪の近代工業の発祥地となった。周辺には金属,ガラス,繊維などの工業が発達。 JR天満駅と天神橋の間は天神橋筋商店街繁華街をなす。天満宮の天神祭は京都の祇園祭とともに,夏祭りの代表として有名。

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デジタル大辞泉の解説

てんま【天満】

大阪市北区南東部の地名。天満宮があるところからの名。

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百科事典マイペディアの解説

天満【てんま】

大阪市区,曲流する淀川に囲まれた地区。天満堀川(現在は埋め立てられて道路になっている)を境に東天満,西天満に分かれ,北部に大阪環状線天満駅,中部に天満宮天満天神)があり,南部は淀川にかかる天神橋,天満橋,難波橋などで中央区に接する。
→関連項目天満青物市場

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世界大百科事典 第2版の解説

てんま【天満】

大阪市北区の大部分の旧地名。大川以北の地で,旧天満堀川(1872年埋立て)を境として西天満と東天満に分かれる。地名は大坂天満宮鎮座の地に由来するという。天満宮は東天満の中央部に位置し,もと大将軍の森と称する神域であったが,天暦年間(947‐957)村上天皇の勅願により社殿を創建し,天満宮を勧請したもので,のち後水尾天皇のとき御神影ならびに天満宮の社号を与えられたと伝える。石山合戦(1570‐80)のとき焼失したが,豊臣秀吉が大坂に築城すると,天満宮会所支配人であった大村由己が再建を願い出て,ほどなく社殿を回復した。

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大辞林 第三版の解説

てんま【天満】

大阪市北区、旧淀川と天満堀川(埋め立て)に囲まれた街区。天満てんまん宮があるところからの称。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔大阪府〕天満(てんま)


大阪市北区南東部の商業地区。大(おお)川(旧淀(よど)川)・堂島(どうじま)川の北岸を占める。都心の梅田(うめだ)・中之島(なかのしま)に近いオフィス街。造幣局はサクラの開花期に開放され、「通り抜け」の名で親しまれる。大阪天満(てんま)宮は7月の天神(てんじん)祭で名高い。江戸時代は大坂3大市場の一つ、天満青物市が立った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天満
てんま

大阪市北区の南東部、淀(よど)川と天満堀川(埋立て)に囲まれた商工業地区。江戸時代の大坂三郷(さんごう)の一つ天満組の地である。中央やや西寄りの天神森には天満宮が鎮座し、付近に天満組惣(そう)会所跡の碑がある。その南には、かつて大坂三大市(いち)の一つであった天満青物市場の碑が立っている。東部の淀川沿いには、造幣局や泉布観(せんぷかん)(国の重要文化財)、ユースアートギャラリー(旧、桜宮公会堂、正面玄関は国の重要文化財)がある。[樋口節夫]

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