上八村(読み)こうじようむら

日本歴史地名大系 「上八村」の解説

上八村
こうじようむら

[現在地名]宗像市上八

遠賀(おんが)郡との境をなす湯川(ゆがわ)山(四七一・四メートル)の西斜面からしだいに低地となり玄界灘に至る位置にある。南は田野(たの)村。承安五年(一一七五)四月二日、上八村住人津守三子が甥の宗三郎大宮司近弘から割き取られた当村内字柳坪内二段・字井手副薗早田六〇歩・同畠地一所について裁定を請い、宗像大宮司により安堵されている(「津守三子解」宗像大社所蔵文書/平安遺文七)。建武元年(一三三四)三月二〇日の宗像社宛雑訴決断所牒(同文書/南北朝遺文(九州編)一)では当村などが織幡(おりはた)宮・許斐(このみ)権現・孔大寺(こだいじ)権現の長日御供以下の料所とされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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