上内野郷(読み)かみうちのごう

日本歴史地名大系 「上内野郷」の解説

上内野郷
かみうちのごう

現内野本郷(うちのほんごう)から清河寺(せいがんじ)辺りの地域に比定される中世の郷。応永二九年(一四二二)閏一〇月七日の足利持氏御判御教書(清河寺文書)に「武蔵国足立郡上内野郷」とみえ、鎌倉公方足利持氏は同郷内の清河(せいが)寺を祈願所としている。清河寺の開基は足利基氏で、寺号は基氏の諱の清河寺殿玉岩明公大居士にちなむという。同年一一月二一日持氏は長井駿河三郎実基が寄進した上内野郷内の田一町二反・在家一宇・敷地など、また実基の伯父紹旭蔵主が寄進した上内野郷内の田一町二反・佐地川在家一宇を改めて清河寺に寄進し(「足利持氏寄進状」同文書)、武蔵守護上杉憲実に下地を同寺雑掌に沙汰するよう下知している(同日「足利持氏御判御教書」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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