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千葉氏 ちばうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

千葉氏
ちばうじ

下総国千葉郡の豪族。千葉国造流と桓武平氏良文流がある。平氏流が有名で,平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて千葉常胤,広常が出て源頼朝の挙兵を援助。南北朝時代以後,一族が肥前国でも勢力をふるった。享徳の乱 (1454) で関東の千葉氏は一族分裂し,後北条氏に仕えたが,後北条氏の滅亡により離散した。相馬,東 (とう) 氏は千葉の支流。

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百科事典マイペディアの解説

千葉氏【ちばうじ】

桓武平氏の平良文の流れ。平安末期以来下総(しもうさ)の豪族として代々千葉介(ちばのすけ)を称し,常胤(つねたね)の時,源頼朝の鎌倉幕府創業をたすけて下総守護に補(ぶ)せられた。
→関連項目入来院甑島列島下総国相馬御厨平忠常

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世界大百科事典 第2版の解説

ちばうじ【千葉氏】

桓武平氏の一流。下総国千葉の地名をとって姓とする。9世紀末に平高望が上総介として下向,その子良兼は下総介となり,良文は相馬郡などに地盤を築いたが,良文流の経明(忠頼)―忠常とこれを継承,忠常は11世紀に房総で乱を起こすが(平忠常の乱),その子孫は上・下総に繁衍(はんえん)した。その一流が千葉氏であるが,いつから千葉を称したかは明確でない。八条院領千葉荘の成立は元永年間(1118‐20),常重が同荘検非違所として千葉大夫と称しているので,このころではなかろうか。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

千葉氏
ちばうじ

良文流(よしぶみりゅう)桓武平氏(かんむへいし)、忠常(ただつね)の子孫。下総国(しもうさのくに)千葉の地名を姓とする。いつから千葉氏と称するかは明確でないが、八条院領千葉庄(ちばのしょう)の成立は元永(げんえい)年間(1118~1120)と考えられ、忠常4代目の子孫常重(つねしげ)は当荘検非違所(けびいしょ)で「千葉大夫」と称しているので12世紀初期であろう。その子常胤(つねたね)は1180年(治承4)の源頼朝(みなもとのよりとも)の挙兵に応じて下総の守護となり、以後その嫡流は下総権介(しもうさごんのすけ)を兼ねて千葉介と称した。同族の上総介(かずさのすけ)広常が頼朝に討たれたこともあって、鎌倉時代に大いに発展し、下総、上総をはじめ陸奥(むつ)、美濃(みの)、伊賀、九州などに多くの所領を得、それぞれの地域で繁栄する。南北朝・室町時代の争乱期には一族間の抗争もあるが、下総守護職を保持し、古河公方(こがくぼう)のもっとも有力な支柱であった。しかし、本宗家は15世紀なかばに2流に分裂、美濃の東常縁(とうのじょうえん)が東庄(とうのしょう)(千葉県香取(かとり)郡東庄町、香取市、旭(あさひ)市ほか)に一時下向(げこう)して統一を果たすが、北条、里見(さとみ)らの新興勢力に押されてしだいに衰える。相馬(そうま)、東(とう)、国分(こくぶ)、大須賀(おおすが)などの各氏はこの一族で、一族には、妙見(みょうけん)信仰によって星辰(せいしん)の家紋を用いる者が多い。[福田豊彦]

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世界大百科事典内の千葉氏の言及

【大須賀氏】より

…中世下総の豪族。平姓千葉氏族。千葉介常胤の四男胤信から始まる。…

【国分氏】より

…中世下総の豪族。平姓千葉氏族。千葉六党の一つ。…

【下総国】より

…平安時代,平将門の乱平忠常の乱の舞台となった。【吉村 武彦】
【中世】

[千葉氏とその所領]
 下総の国内主要荘園としては海上郡に九条家領三崎荘,二位大納言領橘荘,匝瑳郡に三井寺領玉造荘,熊野山領匝瑳南条荘,香取郡に円覚寺領大須賀保(おおすがのほ),印旛郡に成就寺領印東荘,千葉郡に八条院領千葉荘,葛飾郡に伊勢二宮領葛西御厨(かさいのみくりや),八条院・称名寺領下河辺(しもこうべ)荘,豊田郡に按察使(あぜち)家領豊田荘,相馬郡に伊勢内宮領相馬御厨などが分布する。下総屈指の豪族千葉氏は平忠常の曾孫常兼のころから千葉氏を称し,子常重の1126年(大治1)上総大椎(おおじ)城(千葉市大椎)から下総千葉城に居を移したといわれ,以後は千葉荘を本拠とした。…

【相馬御厨】より

…《神鳳鈔》によればその面積1000町歩に及ぶ。桓武平氏の流れを汲む平良文が開発し,平安末期にはその子孫である千葉氏が伝領するところとなった。1130年(大治5)下総権介平常重(経繁)のときに下司職を留保して伊勢神宮に寄進し,その後豊受大神宮にも寄進しており,二宮領御厨として室町時代まで続いた。…

※「千葉氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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