上地八幡宮(読み)うえじはちまんぐう

日本歴史地名大系 「上地八幡宮」の解説

上地八幡宮
うえじはちまんぐう

[現在地名]岡崎市上地町 宮脇

上地の西部にある。社伝では源範頼が平家追討の途中、土呂とろ郷上地邑の豪士大見藤六の所に休息し、庭内の祭神八幡宮に武運長久並びに戦勝を祈願。範頼が三河守に叙任した後に、比企能員を奉行として建久元年(一一九〇)社殿を完成したという。祭神は応神天皇・天照皇大神・仁徳天皇の三柱。当社は字荒井あらいにあった若宮八幡社と境内社大神宮社を明治四二年(一九〇九)合祀。また大正二年(一九一三)大谷おおやの神明宮をも合祀。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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