上大森村(読み)かみおおもりむら

日本歴史地名大系 「上大森村」の解説

上大森村
かみおおもりむら

[現在地名]八日市市上大森町

下大森村の東にあり、南部布引ぬのびき山から段丘面を北へ縦断して神崎郡界に至る南北に細長い村域をもつ。永正一四年(一五一七)の今堀勧進猿楽能には上大森から「馬スミ分」一石が寄進されている(同年一〇月一七日「勧進猿楽日記」今堀日吉神社文書)。また天文一八年(一五四九)一二月四日の神人足子入目日記(同文書)などには上大森から足子年貢三〇〇文が今堀いまぼりに納められており、当地に保内商人に属する足子商人がいたことがわかる。天正一六年(一五八八)大森惣中は領主宮木長次に宛て、惣全体として年貢納入に責任をもつ旨の請状(上大森町共有文書)を提出している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む