日本歴史地名大系 「上布野村」の解説
上布野村
かみふのむら
[現在地名]布野村上布野
康正二年造内裏段銭并国役引付に三貫五八二文が「三吉大郎殿備後国布野郷段銭」とあり、中世この地方は三次の三吉氏に属していた。天文年間(一五三二―五五)三吉氏が出雲側より侵入した尼子軍を迎え討った布野合戦のことは、「陰徳太平記」などに伝えられ、村内に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
康正二年造内裏段銭并国役引付に三貫五八二文が「三吉大郎殿備後国布野郷段銭」とあり、中世この地方は三次の三吉氏に属していた。天文年間(一五三二―五五)三吉氏が出雲側より侵入した尼子軍を迎え討った布野合戦のことは、「陰徳太平記」などに伝えられ、村内に
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