大沢野町(読み)おおさわのまち

日本歴史地名大系 「大沢野町」の解説

大沢野町
おおさわのまち

面積:七四・六六平方キロ

県中南部に位置し、北は富山市、西は神通川を挟んで婦負ねい八尾やつお町・細入ほそいり村、南は岐阜県吉城よしき神岡かみおか町、東は大山おおやま町。南北二一キロ・東西七キロと細長く、南から北に流れる神通川とその河岸段丘によって、北部の富山市を除けば隣接地域と地形的に分断された形にある。北部は水田や都市的利用に適した平野が広く開け、南部は緑豊かな山間地となっている。富山市と岐阜県方面とを結ぶJR高山本線、富山市と名古屋市方面とを結ぶ国道四一号が通る。また北陸自動車道富山インターチェンジまで約二〇分と交通の便がよい。

神通川右岸段丘上には旧石器時代の遺跡が多く分布している。直坂すぐさかI遺跡(国指定史跡)では石刃のナイフ形石器や石斧が、直坂II遺跡では東西の系統の石器群が重なるように見付かった。野沢のざわ遺跡では広域火山灰と石器の出土層位の研究が行われている。またこの野沢遺跡八木山大野やきやまおおの遺跡では旧石器時代の最終末にみられる神子柴型石斧とよばれる大型の片刃石斧が出土した。縄文時代では布尻ぬのしり遺跡で中期の六角形に縁石が並べられた特殊な竪穴住居跡が見付かっている。大沢野上位段丘上には大宝二年(七〇二)開基と伝える真言宗帝龍たいりゆう寺や延喜式内社に比定される姉倉姫あねくらひめ神社があり、平安時代から鎌倉時代にかけて多くの寺社が立並び繁栄したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報