改訂新版 世界大百科事典 「上月氏」の意味・わかりやすい解説
上月氏 (こうづきうじ)
播磨国の在地領主。赤松氏一族。1481年(文明13)の上月満吉所領目録(上月文書)には,佐用郡上月が名字の地,加西郡東河合成国名四分一,同重富分,加東郡下三草地頭分が本領地とあり,また小河氏の所領が新給分として含まれている。小河氏は播磨国衙在庁の出身で南北朝時代中ごろに守護赤松氏の被官となり,室町時代には国衙目代(代官),上位守護代,納所(なつしよ)を兼ねて守護支配機構上重要な地位にあった。上月氏は西播磨の上月を名字の地とする土豪から東播磨に地頭職を得,さらに赤松氏再興後にかつての小河氏知行分を給与されて発展した領主と言える。上月満吉は,1456年(康正2)と翌年赤松氏一族ら数十人と吉野山に討ち入って後南朝から神璽を奪還し,嘉吉の乱で滅びた赤松氏の再興を果たし,78年(文明10)8月にその概要を書き置いている。なお,蔭涼軒主季瓊真蘂(きけいしんずい)は上月氏の出自である。〈上月文書〉〈播磨小河文書〉は徳島県内に所蔵されているが,刊本では《姫路市史史料編1》所収。
執筆者:岸田 裕之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報