上杉憲藤(読み)うえすぎ のりふじ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉憲藤」の解説

上杉憲藤 うえすぎ-のりふじ

1318-1338 鎌倉-南北朝時代武将
文保(ぶんぽ)2年生まれ。上杉憲房の子。犬懸(いぬかけ)上杉家の祖。建武(けんむ)4=延元2年関東執事となる。翌年足利尊氏の命令京都にいき,3月15日摂津で北畠顕家とたたかい,討ち死にした。21歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む