上来島村(読み)かみきじまむら

日本歴史地名大系 「上来島村」の解説

上来島村
かみきじまむら

[現在地名]赤来町上来島

下赤名(しもあかな)村の北東にあり、東は真木(まき)村、北西は石見国邑智(おおち)郡酒谷(さけだに)村(現邑智村)。出雲備後道に沿う水田地帯。正保国絵図に村名がみえる。寛文九年(一六六九)の検地帳では田方七二町二反余・高八〇四石余、畑方八町九反余・高四六石余。寛政一〇年(一七九八)の本田高一千二〇石余、定免定納三二〇石余(広飯秘鑑)。文久三年(一八六三)の飯石郡村町竈数並人数取調差出帳(赤穴八幡宮文書)では家数九一・人数三九三。「郡村誌」では田八二町余・畑九町余・宅地三町、家数一〇二・人数四一四、牛八〇・馬三一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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