上橋本村(読み)かみはしもとむら

日本歴史地名大系 「上橋本村」の解説

上橋本村
かみはしもとむら

[現在地名]穂積町稲里いなさと

別府べつぷ村の西に位置し、東をなか川、西を五六ごろく川に挟まれた平坦地に立地。もとは牛牧うしき東方とよばれる低湿地であったが、本田ほんでん村の錦見藤市郎が開拓し慶長検地で独立、同家は代々当村の庄屋を勤めた(錦見文書)慶長郷帳に村名がみえ、高三六五石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では堀直寄(越後長岡藩)領。同五年尾張藩領となり、幕末に至る。正保郷帳では田三六五石余・畑四斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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