上橋津村(読み)かみはしづむら

日本歴史地名大系 「上橋津村」の解説

上橋津村
かみはしづむら

[現在地名]羽合町上橋津

橋津川に沿い、橋津村の南に位置する。南は赤池あかいけ村。正嘉二年(一二五八)一一月の東郷庄下地中分絵図によれば、当地にあたる付近の橋津川に橋が架けられ、その東詰南側には民家が立並んでいる。天文年間(一五三二―五五)羽衣石うえし(現東郷町)を支配する尼子氏と、南条宗勝ら伯耆衆および山名氏の重臣武田山城守の連合軍が、地内「スクモ塚」で戦ったという(陰徳太平記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む