上相川町(読み)かみあいかわまち

日本歴史地名大系 「上相川町」の解説

上相川町
かみあいかわまち

[現在地名]相川町上相川町

町部の高位段丘上にある。南は青野あおの峠を経て鶴子つるし銀山(現佐和田町)に通じ、北側台地佐渡鉱山があった。古くは上相川千軒とよばれ、鉱山の創業期に誕生した現相川町の発祥の地。現在は山林原野になり、一軒の家もない。慶安五年(一六五二)の地子銀帳(佐渡四民風俗)によると、二二ヵ町からなり、家数五一三を数えたという。このなかにすでに相川町の町名がみえ、現相川町の町名の祖型といわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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