水をくむ道具で,古くはしゃくし(杓子)と同様に瓠(ひさご)を半分に割って作られた。柄杓とか檜杓と書かれるが,柄があることやヒノキで作られることが最初からの特徴とはいえず,むしろひしゃくの特徴は瓢簞(ひようたん)を意味する匏にある。ひしゃくは匏のなまった言葉であり,その俗信も神霊の容器とみられた瓢簞やしゃくしと共通するものが多い。よく抜けるようにといって安産の祈願に底抜け柄杓を奉納する風習は広く見られ,また海上で船幽霊に出会って〈ひしゃくをくれ〉といわれたときには船が沈められないようにやはり底抜け柄杓を与えるものとされている。一方,愛知県知多郡ではひしゃくを多く投ずれば,アヤカシという海の怪異を鎮めることができるといっている。これは成仏できない霊魂に対してその容器を与えて鎮魂をする儀礼といえ,《日本書紀》仁徳紀の全匏(おおしひさご)で水神を退治した記事に関連した信仰とみられる。葬式には一本柄杓で湯灌(ゆかん)し,また野辺送りの後に左手でひしゃくをもって手洗いするため,ふだんはひしゃくの一本買いや左柄杓は忌まれている。ひしゃくは二本一組で正月前に買い,これで若水汲みをして使いはじめる所が多いが,長野県松本地方では歳神の供米入れは新しいひしゃくの柄を抜いたものを必ず用いたという。そのほか,ひしゃくは勧進僧などの宗教者が供物を受ける道具ともされ,文政(1818-30)のお蔭参りでも皆がひしゃくを携えていた。ひしゃくは神霊の容器という点を基本にして多様な使われ方がなされてきたといえる。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
水など液体をくむ道具。木、タケ、金属でつくった筒または椀(わん)状の容器に柄(え)をつけたもの。これをヒシャクとよぶのは、古く水など液体をくむのに、ヒサゴを二つに割って使ったので、ヒサゴの名から転訛(てんか)したという。古くはタケの節を残して切ったものや、木幹のこぶをくりぬいたものに柄をつけて使ったが、中世にはヒノキ、スギの曲物(まげもの)に柄をつけ、近世にはたが締めの桶(おけ)に柄をつけ漆(うるし)を塗ったものも行われた。なお、柄杓の大きさは用途によってさまざまで、酒造その他工業用や農村の施肥用は大形、馬飼用、散水用、台所用は中形で、茶の湯の柄杓は小形である。このように柄杓は、日常生活に必要な水など分配する道具としてたいせつであったが、中空の容器には神霊が宿るという信仰が古くからあったので、柄杓を神社に奉納し、安産・眼病平癒の祈願とすることや、海の亡霊を鎮めるために底を抜いた柄杓を海に投ずることなど、柄杓に関する俗信・習俗が少なくない。
[宮本瑞夫]
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