上谷ヶ貫村(読み)かみやがぬきむら

日本歴史地名大系 「上谷ヶ貫村」の解説

上谷ヶ貫村
かみやがぬきむら

[現在地名]入間市上谷ヶ貫

下谷ヶ貫村の西、加治かじ丘陵南麓にある。西は三ッ木みつぎ村。中央をかつら(現霞川)が東流し、丘陵南麓を根通ねどおり道、南部台地を青梅道が東西に通る。西境を南北に通る道は北は通称よもぎ峠で丘陵を越え北麓の阿須あず(現飯能市)から上州方面へ、南は二本木にほんぎ村の上長田かみながた日光脇往還に合流する。入間郡金子かねこ領に属した(風土記稿)。慶長一四年(一六〇九)旗本大久保源三郎(忠知)は入間・多摩郡で三〇〇石の知行地を宛行われた。このうちに当村が含まれていたと推定される。同一九年の大久保忠隣改易に連座して忠知は知行所谷ヶ貫村に蟄居している(寛政重修諸家譜)。田園簿の谷ヶ貫村五〇〇石のうち大久保市十郎領二〇六石が当村に相当する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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