日本歴史地名大系 「上轡田村」の解説 上轡田村かみくつわだむら 富山県:婦負郡婦中町上轡田村[現在地名]婦中町上轡田神通川中流左岸と井田(いだ)川中流右岸の間に位置し、すぐ西側を神通川の分流御門(みかど)川が流れる。北は下轡田村、南西は御門川を挟んで増田(ました)村。村名の由来は当地で勢力を保った郷士轡田左衛門尉の名にあり、享保年間(一七一六―三六)人口増加のため上・下二村に分立した(婦負郡志)。新川(にいかわ)郡に属し、万治三年(一六六〇)以降富山藩領。正保郷帳、明暦二年(一六五六)の村御印留でも轡田村一村で、享保六年には上轡田村の高二八七石余(「村付高改帳」島倉家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報