下轡田村(読み)しもくつわだむら

日本歴史地名大系 「下轡田村」の解説

下轡田村
しもくつわだむら

[現在地名]婦中町下轡田

神通川中流左岸と井田(いだ)川中流右岸の間に位置し、すぐ西側を神通川の分流御門(みかど)川が流れる。西は御門川を挟んで御門村、南は上轡田村。もと轡田村であったが、享保年間(一七一六―三六)上・下二村に分立した(婦負郡志)。新川(にいかわ)郡に属し、万治三年(一六六〇)以降富山藩領。慶長九年(一六〇四)一〇月前田利長はくつわ田村など四村の野の内に新村を立てる許可を与えている(「野開許可状」越中古文書)。正保郷帳ではくつわ田村として高四一四石余、田方二五町一反余・畑方二町四反余、新田高五六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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