上野清(読み)うえの きよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上野清」の解説

上野清 うえの-きよし

1854-1924 明治-大正時代の教育者,数学者
嘉永(かえい)7年閏(うるう)7月17日生まれ。小林清吾の3男,4歳のとき上野家の養子となる。福田理軒・治軒親子らにまなぶ。東京数学会社や数学協会に参加。明治5年上野塾(現東京高の前身)を創設。23年東京数学院,27年仙台数学院(現東北高)を創設した。大正13年6月21日死去。71歳。江戸出身。著作に「算術三千題」「近世算術教科書」など。

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367日誕生日大事典 「上野清」の解説

上野 清 (うえの きよし)

生年月日:1854年7月17日
明治時代の数学啓蒙家
1924年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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