上金沢新田村(読み)かみかなさわしんでんむら

日本歴史地名大系 「上金沢新田村」の解説

上金沢新田村
かみかなさわしんでんむら

[現在地名]会津坂下町へい

みや(鶴沼川)左岸にあり、西側を栗村くりむら堰が北流し、西は上金沢村、北は中茅津なかかいづ新田村(中新田村)。幕末頃から上新田村改称。元和九年(一六二三)上金沢村の遠藤九郎左衛門によって開かれたという(新編会津風土記)。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」に上金沢新田とある。文化一五年(一八一八)の村日記では牛沢組の上金沢村と別に坂下組に上金沢村が記され、高一二六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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