上関口留番所跡(読み)かみせきくちどめばんしよあと

日本歴史地名大系 「上関口留番所跡」の解説

上関口留番所跡
かみせきくちどめばんしよあと

[現在地名]関川村上関 上野

上関集落南方山沿いの曹洞宗安養(あんよう)寺に隣接してあった米沢街道の番所。慶長三年(一五九八)村上頼勝の村上入封後に設置され、村上藩士清水右近次が惣取締役に任命されたという(「清水家系図書」清水文書)。清水氏は幕末まで代代定番を勤めた。番所の規模は荷口取立役所と合せて一反二畝一八歩、下々畑三反八畝六歩であった(文化二年「上関村明細帳」渡辺家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む