上関口留番所跡(読み)かみせきくちどめばんしよあと

日本歴史地名大系 「上関口留番所跡」の解説

上関口留番所跡
かみせきくちどめばんしよあと

[現在地名]関川村上関 上野

上関集落南方山沿いの曹洞宗安養あんよう寺に隣接してあった米沢街道の番所。慶長三年(一五九八)村上頼勝の村上入封後に設置され、村上藩士清水右近次が惣取締役に任命されたという(「清水家系図書」清水文書)。清水氏は幕末まで代代定番を勤めた。番所の規模は荷口取立役所と合せて一反二畝一八歩、下々畑三反八畝六歩であった(文化二年「上関村明細帳」渡辺家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む