下ノ名村(読み)したのみようむら

日本歴史地名大系 「下ノ名村」の解説

下ノ名村
したのみようむら

[現在地名]八尾町下ノ名

上(うえ)ノ名(みよう)村の南西、室牧(むろまき)川上流右岸にある。古くは屋敷(やしき)村と称し、正保郷帳にも屋敷村として上野(うわの)村と合せて高二三七石余、田方一町七反余・畑方一四町余。元禄一一年(一六九八)の郷村高辻帳でも屋敷村とあり、高二三七石余。享保六年(一七二一)の村付高改帳(島倉家文書)では下名村とあり、高八七石。幕末の高八〇石で免三ツ四歩(古高免小物成銀等書上)。所属組は高熊(たかくま)村と同じ。慶応四年(一八六八)の高持家数一一・人数八五(郡方人別書上帳)。

地内の下之茗(したのみよう)鉱泉は天明七年(一七八七)八尾町細滝屋理平が霊夢に導かれて発見、その持病を癒し、郡奉行の許可を得て開湯したという(享和三年「上申書」八尾町史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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