下久末村(読み)しもひさすえむら

日本歴史地名大系 「下久末村」の解説

下久末村
しもひさすえむら

[現在地名]三橋町久末

上百町(かみひやくちよう)村の東、沖端(おきのはた)川南岸にある。同村との間を塩塚(しおつか)川が南西流する。北は新(み)村。柳川城下札ノ辻から瀬高上庄(せたかかみのしよう)村(現瀬高町)に至る道(柳川往還)が南を東西に通る。文明一六年(一四八四)九月二七日、蒲船津(かまふなつ)一〇〇町の代所として大友氏から田尻恒種に「東久末」四〇町が宛行われた(「田原親宗知行預ケ状」田尻家文書/佐賀県史料集成七)。文禄四年(一五九五)の知行方目録に下久末村とみえ、高四七二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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