下久米村(読み)しもくめむら

日本歴史地名大系 「下久米村」の解説

下久米村
しもくめむら

[現在地名]社町下久米

加古川の支流千鳥(ちどり)川(久米川)の上流域に位置し、東は上久米村、西は久米村。中世は久米庄のうちに含まれていた。慶長国絵図に村名がみえる。正保郷帳では幕府領、田方五七四石余・畠方三五石余。元禄郷帳では高六一九石余。寛保二年(一七四二)あるいは延享三年(一七四六)に三草藩領となり幕末に至る(「丹羽氏系譜」東京大学史料編纂所蔵、慶応四年「丹羽氏知行目録」池田家文庫など)。天保郷帳では高六二六石余。旧高旧領取調帳では三草藩領六二四石余・幕府領一石余、ほかに除地五石余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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