下之一色村
しものいつしきむら
[現在地名]中川区下之一色町
現在では庄内川と新川にほぼ東西の境界を区切られ、両河川が合流した河口を南端とする逆三角形の地形となっている。明和四年(一七六七)の庄内川瀬違え工事までは当地域は庄内川東に位置していた。富田庄絵図(円覚寺蔵)には、庄内川の流路と海東郡付近が描かれており、江松と記された地点の東で庄内川は大きく蛇行して海へ落ちる。江松は海東郡江松村付近にあたり、下之一色村の西にある。下之一色村付近は「余田方」と記されている。文和三年(一三五四)の熱田社領目録案(熱田神宮文書)には「愛知郡宇連一色」とあり、宇連とは末の意であり、これは当地をさすという(尾張志)が、また北一色村の説もある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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