下仁柿村(読み)しもにがきむら

日本歴史地名大系 「下仁柿村」の解説

下仁柿村
しもにがきむら

[現在地名]飯南町下仁柿

横野(よこの)村の北西にあり、村の中を櫛田(くしだ)川の支流仁柿川に沿って初瀬(伊勢)本街道が通る。「神鳳鈔」に「苦木御薗」と記されているが、苦木の名は多くの黄檗樹を植えていたことによるともいわれる。同じく「神鳳鈔」に「寒河御薗三石」とあるのは、下仁柿の惣郷(そうごう)の地とされる。南北朝期には愛洲氏に押領され、「五鈴遺響」に延文二年(一三五七)「苦木御薗一名寒河と号すを愛須押領」とある。康永三年(一三四四)法眼良雅が仁賀木寒川御園口入所職を寄進した。

文禄検地帳を転記したと思われる伊勢国中御検地高帳には「下仁賀木村」、寛永一一年(一六三四)検地帳(徳川林政史蔵)には「下仁柿村」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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