下伊場野村(読み)しもいばのむら

日本歴史地名大系 「下伊場野村」の解説

下伊場野村
しもいばのむら

[現在地名]松山町下伊場野、三本木さんぼんぎ伊場野いばの

近世松山郷の西隣にあり、東は次橋つぎはし村、西は上伊場野村・秋田あきた(現三本木町)、南は大迫おおばさま(現鹿島台町)、黒川郡大松沢おおまつざわ(現大郷町)に囲まれ、北は鳴瀬なるせ川を隔てて下中目しもなかのめ(現古川市)青生あおう(現遠田郡小牛田町)。現在、ほぼ川の中央部を通る町の境界線が川を越えて半円形に青生に食込んでおり、流路の移動を示す。南部が丘陵地で北は鳴瀬川沿いの水田地帯。「貞山公治家記録」天正一四年(一五八六)此年条の大崎家内紛の記事に「志田郡下伊場野城主中目兵庫」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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