日本歴史地名大系 「下内村」の解説 下内村しもうちむら 福岡県:大牟田市下内村[現在地名]大牟田市岩本(いわもと)怒縄田(ぬなわだ)村の南東、稲荷(いなり)山西麓にあり、南部を白銀(しらがね)川が流れる。西は豊持(とよもち)村、東は上内(かみうち)村、南は宮部(みやべ)村。建仁元年(一二〇一)の高良宮造営田数注文に「三毛郡宇治倉富」三〇町があり、この「宇治」がのちの上内・下内に比定される。建武元年(一三三四)三月二一日の後醍醐天皇綸旨および同二年二月三〇日の雑訴決断所牒(松浦文書/南北朝遺文(九州編)一)によれば、「筑後国下宇治村地頭職半分」が勲功の賞として肥前の松浦小次郎入道蓮賀に宛行われた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報