下利根川村(読み)しもとねがわむら

日本歴史地名大系 「下利根川村」の解説

下利根川村
しもとねがわむら

[現在地名]塩川町小府根こふね

上利根川村の南西大塩おおしお川の西岸に位置し、塩川組に属した。南は下小出しもこいで村。村の東部檜原ひばら峠越米沢街道(下街道)が通る。貞和四年(一三四八)八月一二日の吉良貞家・畠山国氏連署吹挙状(示現寺文書)には「耶摩郡内下利根河村当知行分安都事」とみえ、貞家・国氏の両奥州探題は当地を三浦(猪苗代氏)左右衛門尉盛通の妻平氏(ゑかく)に安堵されるように高師直に進言している。ゑかくは重代相伝のこの土地を永和元年(一三七五)一一月一〇日、子の三郎刑部大輔に譲っている(「ゑかく譲状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む