下及部村(読み)しもおよべむら

日本歴史地名大系 「下及部村」の解説

下及部村
しもおよべむら

[現在地名]松前郡松前町字朝日(あさひ)・字東山(ひがしやま)

近世から明治一四年(一八八一)まで存続した村。近世は東在城下付の一村で、及部川河口右岸域に位置し、西方は松前城下。古くは左岸域の上及部村とともに及部村と称した。また当村のみを及部村とよぶ場合もあるが、天保郷帳には下及部村と記される。

上及部村と下及部村が分離してみえてくるのは天明期(一七八一―八九)以降で、同六年の「蝦夷拾遺」には下及部村として家三〇戸たらず、九〇余人とある。文化六年(一八〇九)の村鑑下組帳(松前町蔵)によると名主長右衛門・年寄寅蔵、家数四〇・人数一二八、制札二、磯舟七、馬五九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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