下堀川町(読み)しもほりかわちよう

日本歴史地名大系 「下堀川町」の解説

下堀川町
しもほりかわちよう

上京区西堀川通丸太町下ル

堀川通西側の町。現在は道の拡幅で町の東部は堀川通(旧堀川小路)に含まれた。北は丸太町まるたまち(旧春日小路)。平安京の条坊では左京二条二坊一保七町から二保六町の東、官衙町の一つ「神祇町」の東から、嵯峨天皇の後院「冷泉れいぜい院」の北東隅の跡地(拾芥抄)

寛永一四年(一六三七)洛中絵図に「下堀川町」、寛永一八年以前平安城町並図に「さいもく丁」、承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図に「七丁め」とあり、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」には「下堀川町」と出る。上堀川町に対する呼称(坊目誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む