下大堤村(読み)しもおおつつみむら

日本歴史地名大系 「下大堤村」の解説

下大堤村
しもおおつつみむら

[現在地名]出島村下大堤

一(いち)ノ瀬(せ)川左岸にあり、大和田(おおわだ)村の一部を村中央に抱え、東西に分れて一村をなす。東は男神(おがみ)村。古代は上大堤村とともに「和名抄」記載の大津(おおつ)郷の本郷の地に比定される(新編常陸国誌)。中世は南野(みなみの)庄に属し、江戸初期に一時土浦藩領となるが(土浦市史)、のち天領・旗本領となる。元禄郷帳の村高は三七三石余、幕末は天領一二〇石余、旗本沢・松平両氏領各一二四石余(各村旧高簿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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