能の脚本部分をいい、その声楽部分、つまり謡(うたい)をさすこともある。1772年(安永1)の『謡曲拾葉抄』に「謡曲」の語が用いられており、今日では『謡曲大観』『謡曲全集』『謡曲集』などと広く使われる。世阿弥(ぜあみ)は脚本のことを「能本(のうほん)」ということばを用いている。
能の曲目は、どの流儀にも継承されたものもあり、流儀によって異なるものもあり、同じ曲でも名称や表記、本文に相違がある。観世(かんぜ)流は観世流の、金春(こんぱる)流は金春流の詞章を伝えているが、実際の能の上演の場合、ワキの部分はワキ方の、間(あい)狂言は狂言方の脚本によるから、厳密な意味で上演台本とはいいがたい。
作詞の方法については、世阿弥が『三道(さんどう)』ほかに多く述べており、序一段、破三段、急一段の五段構成を指示している。謡曲の文章は、小段とよばれる類型的な単元の組合せによることが多い。クリ・サシ・クセ、次第・一セイなど。それらは音楽的特徴も共通している。
謡曲作者については、僧侶(そうりょ)が作詞して、能役者が節付けしたのだろうなどという説が明治のころまで流布されていたが、世阿弥の伝書の発見、その後の研究の進展によって、ほとんどが能役者の手で創作されたことが明らかになった。つまり、能は音楽劇であるから、作詞と作曲と演出のくふうが同時進行する必要があったが、それにしても、これは世界の演劇史のなかで、きわめて注目すべきことである。
謡が能から独立して、素謡(すうたい)として演奏され、鑑賞され、あるいは稽古(けいこ)されるようになったのは、主として江戸時代以降のことで、謡のテキストである謡本(うたいぼん)の出版はおびただしい数に上った。謡曲指南の役者も増え、現代も謡を稽古する人が多い。
謡曲の音楽面では、節のある部分と、節のない「コトバ」とよばれる部分に大別されるが、コトバにも一種の抑揚があり、広義の歌である。節のある部分は、リズムをとらぬ謡い方と、リズムをとる謡い方に分けられる。能のリズムは八拍子に規定され、そこに七五調12音を当てはめる平ノリが基本であり、16音を割り振る躍動的な中ノリ、一音一拍のゆったりした大ノリの区別があり、また発声、息づかい、音階などの相違するヨワ吟とツヨ吟の謡い方がある。
[増田正造]
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能の脚本である〈謡本(うたいぼん)〉を,主として文学作品としてとらえたときの名称。能を文学作品としてみる立場は,初の注釈書である《謡抄》(1595)にすでにみることができるが,〈謡曲〉の語は1772年(明和9)刊の《謡曲拾葉抄》が最も早い使用例と思われる。それまでは〈能本〉〈謡本〉〈謡の本文〉などと称していたようである。近代に入って能の興隆や研究の発展に伴い,大和田建樹《謡曲通解》(1892),坪内逍遥《謡曲文は歌なりや文なりや》(《能楽》1905年8月号)など広く用いられるようになり,現在の《日本古典文学大系》《日本古典文学全集》の《謡曲集》などに受け継がれている。なお,同類の語に謡(うたい)があり,音楽的芸能的に扱うときは謡の名称を用いる。ただしラジオの〈謡曲・狂言の時間〉などの例のように,謡を謡曲と呼ぶ場合もある。
→謡 →謡本
執筆者:松本 雍
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能の詞章,あるいはその節。謡(うたい)と同義であるが,謡のほうが古いいい方で,謡曲の語が使われだすのは近世後期以降。世阿弥時代から酒盛や旅中などで歌われることが多く,素人の武家・公家・庶民の間にも広まり,室町中期には愛好者の組織である謡講(うたいこう)もうまれた。江戸時代には謡曲熱の反映として謡本(うたいぼん)の刊行が盛んになり,寺子屋でも謡が教えられた。近世以降俳諧をはじめ他の文芸・文化に及ぼした影響は大きい。
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…狂言猿楽
【能本】
能の脚本を古くは能本と呼んだ。現在では謡曲と呼ぶことが多いが,この言葉は,能の構成要素のうち声楽部門を指す謡という語と同義にも用いるので,能本の呼称を復活させたい。
[人物]
能の主人公には,神仏,物の精,幽霊など霊体の人物が多い。…
※「謡曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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