下師岡新田(読み)しももろおかしんでん

日本歴史地名大系 「下師岡新田」の解説

下師岡新田
しももろおかしんでん

[現在地名]瑞穂町長岡(ながおか)一―四丁目・長岡下師岡(ながおかしももろおか)

箱根ヶ崎(はこねがさき)村の西に位置する。西は新町(しんまち)村(現青梅市)、東西に走る青梅(おうめ)街道(江戸街道)を境に北は長谷部(はせべ)新田。享保一〇年(一七二五)に下師岡村・野上(のがみ)村・大門(だいもん)村・今寺(いまでら)村(以上現青梅市)の各名主が願人となって開発が始められた新田で、開発人の一人下師岡村名主(野上村名主を兼帯)吉野彦右衛門は慶長年間(一五九六―一六一五)に新町村を開いた吉野織部之助の末裔であった。開発地は新町村の東方に広がる原野(新町野)のうちの組合一七ヵ村入会の秣場で、同年四ヵ村に新田開発場三四町歩が割渡されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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