下新城村(読み)しもしんじようむら

日本歴史地名大系 「下新城村」の解説

下新城村
しもしんじようむら

[現在地名]大信村下新城

中央を隈戸(くまど)川が東流し、南は踏瀬(ふませ)村(現泉崎村)、東は大和久(おおわぐ)村(現矢吹町)、西は中新城村。村内を町屋(まちや)村から矢吹(やぶき)村(現矢吹町)への道が通る。中世からの新城村が宝暦二年(一七五二)三ヵ村に分村してできた村。「塔寺長帳」天文三年(一五三四)条に「伊達会津岩瀬御同心あつて 岩城白川を敵として しんちやうと申処ニ御馬をたてられ候」とあり、伊達・蘆名・二階堂氏連合が岩城・白川氏連合と当地で戦っている。同五年一〇月七日の二階堂続義感状(石井家文書)によれば、石井上総は「喜連川五月女坂合戦」の功により「新城白子百貫文之所」を加増されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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