下村君村(読み)しもむらきみむら

日本歴史地名大系 「下村君村」の解説

下村君村
しもむらきみむら

[現在地名]羽生市下村君

利根川右岸の自然堤防上に位置する。西隣の上村君村とともに古くは村君郷に含まれた。田園簿によれば幕府領、田高五〇六石余・畑高六二一石余、ほかに永四六三文の野銭があった。国立史料館本元禄郷帳では甲斐甲府藩領で、宝永元年(一七〇四)上知(寛政重修諸家譜)。享保一七年(一七三二)と推定されるが一部が上野足利藩領となり、宝暦五年(一七五五)の同藩領村々明細帳(安田家文書)に村名がみえる。同帳によると承応三年(一六五四)幕府領代官による検地があった。二組に分れており、宝暦五年の勘十郎組の高五二五石余、反別は田方二五町九反余・畑屋敷三六町四反余、太郎左衛門組の高三八二石余、反別は田方一九町七反余・畑屋敷二五町一反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む