下板木村(読み)しもいたきむら

日本歴史地名大系 「下板木村」の解説

下板木村
しもいたきむら

[現在地名]三和町下板木

羽出庭はでにわ村の東北に位置し、東は三谿みたに有原ありはら村。北から東にかけては山地で、南西の板木川流域とその支流域に集落が集まる。下板木の地名は天文二三年(一五五四)八月九日付の粟屋助五郎に宛てた毛利隆元の書状(「閥閲録」所収粟屋助五郎家文書)に「下伊多喜こそ路名之儀、為給地遣置候」とみえる。

「芸藩通志」は板木村が上下の二村に分れたとしているが、元和五年(一六一九)の備後国知行帳や、寛永九年(一六三二)の三次藩成立に際しての因幡守様御領分所付之目録(鳳源君御伝記「三次分家済美録」所収)にあげる三吉みよし郡の村名に、下板木村はあるが上板木村はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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