下法軍寺村(読み)しもほうぐんじむら

日本歴史地名大系 「下法軍寺村」の解説

下法軍寺村
しもほうぐんじむら

[現在地名]飯山町下法軍寺・上法軍寺(かみほうぐんじ)

上法軍寺村の北に位置し、全域が標高二〇メートル前後の平地に立地する。東境を大束(だいそく)川が北流する。法勲寺(ほうくんじ)城が次郎(じろう)山にあった。はじめ法軍寺村の内で、貞享高辻帳では上下二村に分村しており、下法軍寺村の高四六八石余。宝永五年(一七〇八)の御配符留帳(宮井文書)では高七九四石余。天保九年(一八三八)の御巡見一件(十河文書)によれば、家数一〇九・人数五七九、牛五一・馬一二、池一、寺一・社一三、真綿生産五六匁余。溜池は大久保(おおくぼ)(大窪)池が正保年間(一六四四―四八)矢延平六によって築かれ(飛渡神社碑文)、水掛高三千一一石で、うち当村は四八五石分を利用し、残りは上法軍寺・西坂本(にしさかもと)・真時(さんとき)・川原(かわはら)・東坂本などの村に配水した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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